本書は、2021年5月に平凡社のSTANDARD BOOKS
随筆シリーズ第4期の新たな1冊として刊行されました。
河合隼雄がさまざまな時期に、
さまざまなところで語った(記した)言葉や随筆を1冊の本にまとめられたものです。
本書のユニークなところは、
各章の文末に、その文章の出典(初出の文献)ではなく、
執筆年とその時の著者の年齢が記されているところにあります。
つまり、河合隼雄が、どんな時代に、何歳の時にこれらのことを思索していたか。
それは単なる数字の表記に過ぎないにもかかわらず、
読者にとって、当時の社会状況が生き生きと想起され、
また生前の河合隼雄を知らない世代にとっても、
一人の人間が歳を重ねていく人生の過程の中で、
考え語られ生気を吹き込まれた言葉として迫ってくるように感じられます。
本書では、河合が60歳代の作品が一番多いですが、
1975年46歳から、2003年74歳に書いたものまでが収められています。
目次のタイトルを見て、気になるページを開いて読むのもよし、
最初から順番に読むのも、あるいは年齢順に読むのもよし。
パッと開いたどのページにも、一見平易な言葉遣いでありながらも、
物語とたましいを源泉とする河合隼雄の縦横無尽な思索の軌跡があり、
河合のあくなき「たましい」の探求が新たな物語を生んでいくことにハッとさせられます。
ここに所収されている中で最も若き日の河合隼雄の随筆は、
1975年、46歳時の「ユング研究所の思い出――分析家の資格試験を受ける話」(p189~201)です。
初出は『図書』(岩波書店)で、『母性社会日本の病理』(講談社+α文庫)にも収録されています。
河合隼雄の「日本人初となるユング派分析家の資格取得」は、
河合のユング心理学への深いコミットメントと
研究所の豊かで多彩なリアクションの化学反応によって、
「あまりによくできている」物語へと昇華していき、
こんなことがあるのか?!と驚かされます。
そしてそれと同時に、河合の経験を通じ、
目に見えない「たましい」の見事な働きを実感す流事になります。
「たましい」がまさに「騙し(だましい)」に通じるとは、
本当によくできているとしかいいようがありませんね。
後期のものでは、「ITとit」(p98~102,2000年,72歳)は、
現代のIT時代を見通しているように思われます。
2020年からのコロナ禍の中で、
私たちの生活になくてはならないものとなったIT(インフォメーション・テクノロジー)。
この大文字のITと、
前世紀にフロイトがドイツ語でエス(英語でなら「it」)と名付けた「無意識」、
自分の中の「それ」との関係について、
今こそ改めて考えてみる必要がありそうです。
そのほか、『こころの処方箋』『宗教と科学の接点』なども含め、
河合隼雄の「知」に多角的に触れることができる本書を含めたこのシリーズは、
「現代の想像力に風穴をあけ、
自分の頭で考える力を取り戻すための指標=知のスタンダード」を
提供することを目的としているとのこと。
他の科学者・作家の珠玉の文章にも触れてみたくなります。
本書の魅力をさらに高めているのには、
読み応えのある「栞」がついていること。
栞には、若松英輔さんによる「「魂」と「たましい」」というエッセイが掲載されています。
現代注目の批評家・随筆家による河合隼雄論にもぜひ注目してください。