栄えある学芸賞の授賞式がある7月12日の朝一番の新聞を開くと、
JAXA(ジャクサ)のはやぶさ2が、小惑星リュウグウの「石」と「砂」を採取した
という記事がドカーンと載っていて、「土」の話が全然でてこず、
ほんとうに気の毒な話だな、と思いました。
おなじ掘るのでも、
むこうは超ハイテクな遠隔操作、こちらはスコップ一本です。
むこうはドライな「石」と「砂」、こっちはべちゃっとした「土」です。
選考委員会は、断固として「土」の方を評価することにいたしました。
土壌学者の藤井さんによると、「土」というのは、岩石が分解したものと、
死んだ動植物が混ぜ合わさったもというように、学会では定義するそうです。
せいぜい数十メートルの土が地球表面を覆っていて、
そして地球上にはたった12種類しかなくて、人類の95%をそれで養っているという、
そんなことは初めて知りました。
一方で、地球人口が70億、今世紀中に100億人に達する、そこまで膨らむといわれています。
そうなるとすさまじい食料難、環境破壊、人口移動というような恐るべきことが起こる。
ということで、藤井さんは、いつか100億人を、ちゃんと食わせられるだけの、
養えるだけの余力のある「土」を探し求めて、北極から赤道まで、地球半分を旅された。
走破された距離が10万キロ。行く先々でとにかく土を掘りまくり、
化学分析をし、現地の農家に突撃取材をし、
本当に果てしなく根気のいる調査をされました。
膨大な時間がかかるというような研究をされてきたということで、
選考委員はだれも、そのような世界を知らなかったので、感嘆しました。
でも、御本を読んでいると、以外とウキウキされているんですね。
小さい頃は、箱いっぱいにミミズを入れてうっとりしていたとかも書いてらして、
要は、「土ヲタク」なのかな、とちょっと呆れもしました。
でもそういう研究ですから、すぐにはスマートな業績にはつながらない。
ということは、資金調達や就職に苦労する。アカデミズムの階段をスッとは登っていけない。
そこには同情しました。
選考委員が全員が意見をひとつにしたのは、
土をめぐるこれからの問題、複合的な政治経済、
スカッとした答えはでてこないのですが、ただ、
この本には、人類の将来を考える、さまざま問題の種(シーズ)が、
いっぱい詰まっているということなんです。
山極さんは、生物学や、環境学の問題にも、
この研究のデータがすごく寄与するだろう、
南北問題とか水資源、農業生産物、
コンクリートやガラスといった建築資材などをめぐる経済競争など、
そういうものがあって、それを考えるために非常に不可欠な、ベーシックな、
基礎資料であり、基礎調査であり、基礎研究であるのだ、
ということに、選考委員全員が確信を持ちました。
今日はお見えになってないですが、
山師としての質に恵まれておられる、中沢先生は、
選考会でもひどく興奮して、
これは人類の存続にかかわるビジネスの一大チャンスだ!
この本は地味すぎるから、僕が代わりにプレゼンしてあげようか?
とおっしゃっていました。
私は著者と同じく、地味な性格ですので、こんなことを考えます。
ヒューマン(人間的)、この語源はラテン語で「フムス」というのですが、
フムスは、腐植土とか、腐葉土という意味なんです。
私達がヒューマニティとか、ヒューマニズムということを考える時に、
どうしてヨーロッパの人は、
ヒューマンであるということを、「土」、「腐植土」になぞらえられたのか、
その概念史のようなことを考えると面白いだろうな、とヒントを頂いたような気がします。
最後になりますが、もう一つだけ、
選考委員で意見が一致したことがあります。
中沢さんも選評にチラッと書いておられましたが、
この本、地味なんですけど、地味であるがゆえに、アピールをさせられたのか、
あるいはサービス精神が出てしまったのか、やたら、ダジャレが貼りこまれているんです。
ちょっと顔がひきつるようなダジャレもありまして、
「黒ボク土」(くろぼくど)っていう土があるそうで、これは地球温暖化を緩和するのに役に立ちそうな土らしくて、それで研究プランを作って、若い時に研究補助金をもらったんですね。
それ以降、こんな風におっしゃっています。
「足元の黒ボク土には、頭が上がらない」
イマイチですよね?
せっかく河合隼雄学芸賞を、河合隼雄さんの名前を冠した賞をおとりになったのですから、
これからは、もっと精進と研鑚を重ねて、
土壌学者ですから、二匹目の「どじょう」を狙って頂きたいです。