こんばんは、森田です。
中沢さん、ありがとうございました。
人類の歴史から始まった今日の中沢さんのトークもずっと聞いていたいような内容でした。
独立研究者として組織に所属せずに活動を始めて、
糸島で活動を始めて最初の頃に
中沢新一先生とぜひお話をしてみたいと、
ゲストでいらしていただいたことがあります。
そんな中沢さんから、今日このような言葉をいただけたこと、
うれしくありがたく心に深く残る時間でした。
そして何より、河合隼雄先生のご縁で集まった輪に
加えていただいたことを嬉しく思っています。
この本はかなり苦しみながら書いた本でした。
連載の時にお世話になった「新潮」編集長の矢野優さんも、
『数学する身体』のときからずっとともに走ってきた
足立真穂さんも今日ここにいらしてくださっています。
苦闘の跡が見えた、と中沢さんがおっしゃっていましたが、
自分自身も執筆の途中で思わぬものにぶつかってしまって
どうしたらいいかわからなくなった瞬間がありました。
本を書き始めた時には、
とにかく計算についてきちんと考えてみたいと思っていた。
この世界の様々なことを統一して理解できる原理があるとしたら、
それは計算、コンピューテーションであろう、と。
そう
2016年からの5年間はこの本を書くための研究に
あらゆる時間を投入してきました。
計算という主題は最初から一貫していたのですが、
タイトルに「生命」を入れるという予定は、
少なくとも当初はまったくありませんでした。
書き始めた時はまだ長男も生まれていませんでした。
とにかく数学の広大な宇宙を探究するつもりで執筆をはじめました。
ところがその旅の途中で、
別の宇宙との遭遇があった。
それが2016年の長男の誕生でした。
『子どもの宇宙』という本を河合隼雄先生は書かれていますが、
まさに僕は「子どもの宇宙」と遭遇してしまった。
このことに僕はかなり大きなインパクトを受けまして、
これが「生命」という主題がこの本に侵入してくるきっかけになりました。
受賞の知らせを電話でいただいて
予期していなくてとても驚いたんですが、
そこから河合先生の本をたくさん読み返して、
この賞をいただいたことのありがたさをかみしめています。
数学から出発して心理学へと向かっていった河合先生の道と、
計算を主題に書き始めた本が生命にぶつかってしまった道と、
僭越ながら、ここに重なる部分があるように感じています。
数学は広大な宇宙です。
数学には現実を超えていく力がある。
ただし数学は論理的でないといけない。
そこが面白いところでもある。
あえて論理で思考をしばることによって開けてくる世界がある。
ところが論理に弱点があるとすれば、
それは、基本的に矛盾を許容できないということです。
1+1=2だと証明した後に
1+1=3であると言えてしまうと、数学は壊れてしまいます。
数学だけでなく、現代の科学も論理に根ざしていますから、
矛盾は基本的に回避しようとします。
この生き物は生きていて、しかも死んでいる、
と言ったら、どちらか一方の結論が間違っているはずです。
矛盾に直面したら、これを適切に排除して乗り越えていく必要がある。
ところが、数学の世界から出発した河合先生は、
やがて子供の宇宙と向き合っていくようになる。
すると、子供たちのこころは、
いつもたくさんの矛盾を内包しているわけです。
とても嬉しいんだけど、すごく悲しい、とか、
学校に行きたいんだけど、絶対に学校に行きたくない、とか。
子どもと一緒にいると、矛盾の連続です。
論理的には矛盾することも、
一人の人間の心のなかでは共存している。
むしろ、その共存にこそ価値がある、
と河合先生は『ユング心理学と仏教』のなかで書かれています。
僕も、計算について探究するこの本のなかで、
途中で「もう一つの宇宙」にぶつかってしまって、
計算と生命という二つの大きな原理が、
バラバラに分かれて統合できないままになってしまった。
いわば一つの大きな矛盾が解決できないままになってしまった。、
僕はこのことをどう受け止めたらいいのか、出版から一年以上が経過したあともずっと結論が出ないままでした。
ところが今回、河合さんの仕事を読み返しながら、
とても大切なことに気づかせてもらいました。
計算と生命という二つの原理を、
無理に統合させてしまわずに、
宙ぶらりんに浮かんだまま、
統合できないことにもっとそのままつきあってみてもいいのだと、
河合さんに背中を押してもらったような気がしているのです。
日々子供達の宇宙と直面していく中でも、
一つ一つの矛盾を無理に解決しようとせずに、
矛盾と共に生きて行こうとあらためて気持ちを新たにしています。
本も、自分の考えてきたことも、救われたような気持ちで、
今回の受賞を本当に嬉しく思っています。
また、河合先生の『子どもと学校』の本と出会って、
子育ての中で、一文一文宝のように読み返しているんですけど、
河合先生の下で育った三人のご兄弟のみなさんと
今回お近づきになれたことをとても嬉しく思っています。
本日はどうもありがとうございました。