今宵の京都は、海外からの観光客を含めて、

多くの人たちが夏の風物詩の一つ、五山の送り火を見ようと集まっています。

そのなかに、お盆の間に滞在したご先祖たちが交じっていることにお気づきでしょうか?

しばしこの世に戻ってきた彼らは今夜、山々に送り火とともに還っていくのです。

 

 

 

河合隼雄は、18年前の2006年の8月16日に、

夜遅く帰宅して眠りにつき、翌朝意識不明で救急搬送されましたが、

残念ながらその後一度も目を覚ますことなく、約11ヶ月後に亡くなってしまいました。

まるで山に還るご先祖たちにたましいが誘われていったかのようです。

 

『こころの最終講義』(新潮文庫)の第五章「アイデンティティの深化」のなかで、

河合隼雄は柳田國男の『先祖の話』を取り上げて、

自分からご先祖様になるんだといっている老人の話に感銘を受けています。

それがアイデンティティになるわけです。

老人だけではありません。

その続きで、京都市の小学校2年生に神様に手紙を書いてもらったところ、

次のようなものがあったことを報告しています。

おばあちゃんが死んだら神様になるとした後で、

その子は次のように書いています。

 

 「わたしもいずれか死んでかみさまになります。

かみさまになったら、えらいかみさまになろうと思います。」

 

河合隼雄はこれを読んで非常に感激したそうですが、

欧米の小学二年生の子どもが同じことを書くことはまずないだろうと付け加えています。

そしてこれはこの子の「ファンタジー」であって、

「われわれは生涯の中で、

その生涯にふさわしい自分のファンタジーというものをみつける必要がある」

と述べています。

このファンタジーという表現は、後に「物語」と言われるようになります。

 

自らも先祖となった河合隼雄はしばしお盆に滞在して、

昨年亡くなった次男の幹雄とともに、

あの世に還っていったのでしょうか。

それもわれわれのファンタジーなのでしょうか。