2022年7月8日(金)、第十回河合隼雄物語賞・学芸賞の授賞式が

京都のホテルオークラで行われました。

7月初旬の京都にしては、この日比較的過ごしやすい暑さで、

つかの間の恵みのような気候でした。

 

コロナ禍以前のように盛大とはいきませんが、

受賞者、選考委員、関係者が一堂に会すことができたのは数年ぶりで、

特別に嬉しく和やかな雰囲気の中で行われました。

 

まず、河合俊雄代表理事による開会の挨拶で始まりました。

この授賞式も今年で十回目という節目を迎え、

物語賞では初めて児童文学が、また学芸賞では数学が、

いずれも河合隼雄と縁の深いテーマの受賞となり、その喜びを語りました。

 

また10年間にわたり学芸賞の選考委員を務めてこられた鷲田清一さんが、

このたび残念ながら退任されましたが、その後任として

若松英輔さんが選考委員を務めていただけることになったこともこの場で発表されました。

 

さらに代表理事は、物語賞の『あしたの幸福』という作品のもつ、

現代性とアンチ現代性を指摘。

解離した現代の人々のあり方と逆に、バラバラだった3人の女性たちが、

「いなくなった父」を通じて関係を結んでいくことを引いて、

「我々もいなくなった父親のおかげでこのように集まれたのかなと思います」

と開会の挨拶を締めくくりました。

この場をまさにアレンジしているに違いない父・河合隼雄のことを、

参加者一同が思いを馳せる瞬間を味わいました。

 

この後、音楽が好きだった河合隼雄の遺志を継いで恒例となったミニコンサート。

今回はピアニストの務川慧悟さんをお迎えし、

ラヴェルの「水の戯れ」とショパンの「バラード第4番 へ短調 Op.52」の

二曲を演奏していただきました。

体の奥から迸るような感動とともに、

流麗で力強いピアノの音色を堪能する贅沢な時間となりました。

 

務川慧悟さんのプロフィールはこちら→http://keigomukawa.com/

 

 

そして、物語賞・学芸賞それぞれの授賞のセレモニーが始まりました。

 

今回、物語賞を受賞されたのは、いとうみくさんの『あしたの幸福』です。

 

選考委員の小川洋子さんよりいとうみくさんに正賞の輪島塗盆と副賞の授与が行われた後、

選考委員を代表して小川さんによる講評をお話いただきました。

第十回にして初めて、河合隼雄が大好きだった児童文学が河合隼雄物語賞を受賞したこと、

物語賞が既存の枠を自由自在に打ち破って独自の道を歩んできたことについて話されました。

 

また今回の受賞作品のあらすじを丁寧に追いながら、

主人公の中学2年生の少女・雨音のもつ、

みずみずしいキラキラした生命力がいかに作品を支えているか、

そして少女を取りまく状況のこれからを思うとき、

「明日の不運を嘆くよりも、明日の幸福を信じて一歩踏み出そうという

誰もが爽やかな読後感とともに読むことができる」この作品の魅力を、

小川さんの穏やかで温かな語り口で紹介されました。

 

(小川洋子さんの講評の詳細をご覧になりたい方はこちら 

 

なお、選考委員の後藤正治さんの講評「自身の選択によって自身を生きよ」は、

『新潮』8月号の紙面でお読みいただけます。

 

小川さんからの講評の後、いとうみくさんから受賞のお言葉をいただきました。

「このたびは思いもよらない受賞でとても嬉しく思っております」といとうさん。

そして児童文学とはどういうものか、それは正直私にもわからないところがある、

としながらも、「希望をまっすぐに語れること、生きることを肯定できること」、

それを大事にしていることを話されました。

大人も絶望したくなる厳しい現実を前にしてもなお、

現代に生きる子どもたちから目を逸らさずに「現実を超えていく物語」

を書いていこうと思います、と話される真摯なお姿がとても強く印象に残るスピーチでした。

 

(いとうみくさんの受賞の言葉の詳細をご覧になりたい方はこちら

 

続いて、学芸賞の授賞セレモニーが行われました。

今回、学芸賞を受賞されたのは、森田真生さんの『計算する生命』です。

 

選考委員の中沢新一さんから、正賞と副賞が手渡され、

選考委員を代表して中沢さんによる講評をお話しいただきました。

「森田さんの仕事は日本のなかでも重要な仕事をしている。

こういう仕事が報われる賞がなかなかない。

河合隼雄学芸賞を差し上げることができたこと、

選ぶ現場に立ち会うことができて、とても嬉しく思っています」

とのお祝いの言葉からはじまりました。

 

『計算する生命』というタイトルから、生命体の中でも、

とりわけ人間という生命体が「計算能力」を極限まで発達させてきた歴史の根源に、

脳も神経組織もない粘菌の「計算能力」に話が及びました。

森田さんが本書で取り上げた「トークン」という

粘土でできた数を数える道具の出現の革命的な重要性、

そして森田さん自身が本書で指摘し苦闘することとなった、

数学が深く関わる「論理と直観」という二つの異なる働きについて、

中沢さんによる壮大な生命と数学のロマンに満ちた「講義」が展開していきます。

人間の持つ論理と生命の矛盾、生命や大地とのつながりを断つことなく、

森田さんのこれからのさらなる研究の旅に大いに期待を込め、

会場をしばしば沸かせながらのお話となりました。

 

(中沢新一さんの講評の詳細をご覧になりたい方はこちら

 

なお、選考委員の岩宮恵子さんの講評では心理療法との関わりにも触れていますが、

こちらは『新潮』8月号に掲載されています。

 

続いて、森田真生さんから受賞のお言葉をいただきました。

森田さんが『計算する生命』の連載をスタートさせた2016年からの5年間での、

自身の変化とそれにともなう苦闘について話されました。

 

はじめは数学の宇宙を探究していく旅路だったところから、

お子さんの誕生によって生命という宇宙と遭遇したこと。

論理的な計算と矛盾する生命をどう統合したらよいかわからないまま、

着地できないままに本を書き終えたことを告白されました。

 

しかしこの河合隼雄学芸賞の受賞を機に、

河合隼雄の著作をいくつも読み返しながら、

計算と生命という二つの原理を、無理に統合させてしまわずに、

そのままつきあっていくことの背中を押してもらった、

そのような特別な意味をもって今回の受賞の喜びを語られました。

 

(森田真生さんの受賞の言葉の詳細をご覧になりたい方はこちら

 

どの受賞者・講評者も、人間の抱える難解な問題に真摯に向き合う

それぞれの領域の第一人者の方々であり、

そのお話はいつまでも聞いていたい、

私たちの未来への指針に満ちた内容でした。

 

受賞の記念撮影のあと、

第5回河合隼雄学芸賞授賞者の釈徹宗さん(授賞作品『落語に花咲く仏教』)の、

まるで落語の高座のような乾杯の挨拶に一同大笑いをしながら、

杯を交わし、なごやかにパーティーへと移っていきました。

久しぶりに関係者が同じ空間に和やかに集うなか、

しかし困難と苦悩の満ちた今の世で、何を大切に、

何を抱えたまま、どこへ向かったらいいのか、

あらためて河合隼雄の遺したさまざまな思想や言葉とともに、

深く考えさせられる授賞式となりました。

 

いとうみくさん、森田真生さん、

第十回河合隼雄物語賞・学芸賞の授賞、まことにおめでとうございます。