2024年7月12日(金)、第十二回河合隼雄物語賞・学芸賞の授賞式が、

京都のホテルオークラで行われました。

 

雨男・河合隼雄の影響か、この日も大雨が心配されましたが、

授賞式は、受賞者、選考委員の他、多くの関係者が一堂に集まり、

和やかで晴れやかな雰囲気の中で行われました。

 

 

河合成雄評議員の司会で授賞式およびパーティーが進行していきました。

 

まず、河合俊雄代表理事による開会の挨拶です。

 

 

河合隼雄物語賞・学芸賞も早や12回目。

12回重ねてきた喜びの一方で、大切な人との別れもありました。

昨年11月26日に逝去した前評議員の河合幹雄(河合隼雄次男、法社会学・犯罪社会学者)の

思想や考えを書籍の形に遺すことはできないかと模索してきた結果、

「Web論座」(朝日新聞出版)での連載原稿を、

近く遠見書房から書籍化されることが決定したことが報告されました。

その連載当時世間を騒がせたゴーン日産元会長の逮捕事件をめぐる論考の中で、

河合幹雄が当財団について触れている箇所を紹介。

父・河合隼雄がその生涯かけた仕事の結果の遺産を、

社会に還元するために河合隼雄財団が作られ、

そして「物語」と「学術」のためにその資産を使うことの意義。

河合幹雄らしい切れ味鋭い語り口で遺した言葉とともに、

今日の授賞式とパーティーのその意義に思いをはせながら、

会が始まりました。

 

なお、授賞式会場には河合幹雄の著作、

河合隼雄・幹雄父子による共訳書なども展示され、

その業績を皆で振り返る機会となりました。

 

続いて、文化庁長官として文化活動の広がりを目指した河合隼雄の遺志を継ぎ、

授賞式恒例となったミニコンサートです。

 

今年は京都トリオ・デモーネ 

園城三花さんのフルート、三木香奈さんのヴィオラ、松田学さんのバスクラリネットによる、

アリオーソ(作曲:J.S.バッハ)、

日本の唱歌メドレー、

アヴェ・マリア(作曲:J.S.バッハ/C.グノー)。

ここに集う参加者それぞれが、

フルート、ヴィオラ、バスクラリネットの重層的な美しい音色に浸りながら、

自らのこと、大切な誰かを想う時間となりました。

 

このあと、第十二回河合隼雄物語賞・学芸賞それぞれの授賞のセレモニーが始まりました。

今回、物語賞を受賞されたのは、八木詠美さん『休館日の彼女たち』(筑摩書房)です。

 

岩宮恵子選考委員より、八木さんに正賞の輪島塗盆と副賞の授与が行われました。

物語賞の選考委員の3名、

岩宮恵子委員、小川洋子委員、松家仁之委員が紹介された後、

選考委員を代表して岩宮さんより講評をお話いただきました。

 

岩宮さんは、本書を読了後、

しばらくはこの本のことしか考えられなくなるくらいだったと

そのインパクトを熱く語ります。

主人公の女性が博物館のビーナス像の話し相手の

アルバイトを引き受けるという物語の設定は、一見荒唐無稽に見えます。

しかし心理療法家である岩宮さんは、

心理臨床の現場での経験との重なりや、

そこにある確かなリアリティを実感し、

読み始めるとぐいぐい引き込まれていったといいます。

心理臨床の場でお会いする人でも、

他者には伝わらないものに引き込まれていく方がいる。

それでも、コミュニケーションの障害や困難さがあっても、

深いところで誰かや何かと接点を持つことができるということがあるのではないか。

イマジナリーフレンドや空想上の友だちを持つクライエントが増えている昨今、

人間同士ではないものとの間に交わしうる何かはあるのだと考えさせられ、

多くのひとに紹介したい本であると話されました。

 

なお、選考委員の小川洋子さんの講評「物と者」は、

『新潮』8月号の紙面でお読みいただけます。

 

岩宮さんの講評の後、八木詠美さんから受賞のお言葉をいただきました。

 

受賞の知らせを受けとった時、

河合隼雄、そして選考委員の小川洋子さんの二人の名前から、

1冊の本のことを思い出したことを話されました。

それは小川洋子さんの『物語の役割』(ちくまプリマー新書)という本です。

 

八木さんが小説を書き始めたころ、

自分が書いているものは小説と呼べるのか、

そもそも物語とは何かと考えていた時に偶然書店で見つけて手にしたのだそうです。

その本の中で、河合隼雄の『物語を生きる―今は昔、昔は今』(小学館)を引用しつつ、

小川洋子さんが物語について述べている一節を引用して読み上げられました。

 

「物語とはまさに、普通の意味では存在し得ないもの、

人と人、人と物、場所と場所、時間と時間等々の間に隠れて、

普段はあいまいに見過ごされているものを表出させる器ではないでしょうか」

(小川洋子『物語の役割』p118より)

 

 

八木さんは、この一文と出会ったことで、

世界のどこかっでひっそりと生きている、

見過ごされている誰かのための物語を書くと心に決めたと言います。

本作品では、世界で一人ぐらい彫刻像とラテン語で話す女性がいてもいいのではないか?

自分はその二人の会話を聞き取って、彼女たちが生き生きと存在できる場所として物語を書き、

そしてその結果、受賞したのが河合隼雄「物語」賞という名前の賞であったことの

喜びをかみしめるように語られ、

今後も世界のどこかにひっそりと見過ごされている誰かの話を

書き続けようと思いますと締めくくられました。

 

続いて、学芸賞の授賞セレモニーが行われました。

今回、学芸賞を受賞されたのは、

湯澤規子さんの『焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史』(KADOKAWA)です。

 

選考委員の内田由紀子さんから、正賞と副賞が手渡されました。

学芸賞選考委員として、

内田由紀子委員、中沢新一委員、山極壽一委員、若松英輔委員が紹介され、

選考委員を代表して内田さんより講評をお話いただきました。

 

内田さんは、本書は学術書として河合隼雄学芸賞を受賞されたけれど、

どんどん引き込まれていく物語性の高い作品であり、

女性が生きていくということが深く考察されているとして、

選考委員会でも高く評価されたことを紹介。

 

 

本書のタイトルの一方の「焼き芋」が象徴するのは、

『女工哀史』の時代の工場で働く日本の女性たち、

もう一方の「ドーナツ」はアメリカの産業革命の時代の

女性たちのささやかな営みといえます。

しかしそこには必ずしもつらい労働のイメージだけではなく、

また概念や理論ではなく、

働くことを通じて自分の手にした経済的な力でささやかなおやつを買って食べる喜びを得、

仲間と分け合って食べるという生活の生き生きとした姿であり、

パッチワークのように広がり面になって力を持っていくところに深い物語性を感じ、

その物語が湯澤さんの筆力によって読みやすく、

引き込まれ、最後は励まされていくものとなっていると本書の魅力を伝えます。

 

さらにドーナツといえば、その形から、

河合隼雄先生が日本人のこころの構造として示した「中空構造」の考え方にもつながる

面白いキーワードであることを指摘し、

豊かな連想がさらに拡がる意味でも素晴らしい本を世の中に出していただいたと述べられました。

 

なお、選考委員の若松英輔さんの講評「『わたし』から『わたしたち』の地平へ」は、

『新潮』8月号の紙面でお読みいただけます。

 

続いて、湯澤規子さんからの受賞のお言葉をいただきました。

 

 

湯澤さんは、女性に生まれたことに

「不安と少しの不満と希望」を感じてきた子ども時代から、

大学で地理学を学び、

農村漁村の女性たちに話を聞くフィールドワークに出たことで、

歴史に名前を残さない女性たちの人生に魅せられ、

自分の人生のロールモデルはこの人たちにあるのではないか

と考えるようになったことを振り返ります。

しかし、その魅せられた一人一人の物語をそのまま論文や学会で発表しても、

それは主観だ、エビデンスがないと厳しく批判にさらされてきたのだそうです。

 

今回の授賞を機に、

改めて河合隼雄の『とりかへばや、男と女』の本を読み返した時、

「私」の主観を物語り、ロジックを組んで、

世の中に伝えることは難しいけれど大事なことだと書いてある文章に出会い、

自分の原点は、フィールドで名もなき女性たちの言葉、物語を語ることだった、

と腑に落ちたのだと言います。

 

さらに湯澤さんは、

同時に物語賞を受賞した八木詠美さんの本を読んで、

二つの作品には3つの共通点、共鳴していることを指摘します。

一つは、みんなが使っている共通言語ではないやり方で魂を共鳴させることができること、

二つめはパッチワークに象徴されるもの、

三つめは主人公がドーナツをほおばる印象的なシーン。

学芸賞と物語賞がこのように共鳴して、

一期一会の出会いの喜びとともに、

河合隼雄先生もきっと一瞬の出会いの面白さを言ってくれているように感じると語られました。

 

受賞者お二人のスピーチからは、

それぞれ別々に生まれた作品のはずなのに、

中心ではなく周縁を通じて共鳴し合い、

まるで新しい一つの不思議な物語としてつながりを持つのも、

中心の空としてここに存在する河合隼雄の縁であったかもしれません。

 

授賞の記念撮影のあと、

新しく本年6月より河合隼雄財団の評議員に就任した

吉川左紀子さん(現・京都芸術大学学長)による乾杯の挨拶では、

コロナ禍を経て一人一人との対話の重要性を実感したご自身の体験と、

河合隼雄との縁にまつわるエピソードを交えつつ、会場の皆と杯を交わしました。

 

多くの関係者が同じ空間に集うなか、

河合隼雄が大切にした「たましい」や「物語」を

それぞれの与えられた場所でどのように大切に紡いていくのかを

深く考えさせられる授賞式となりました。

 

 

八木詠美さん、湯澤規子さん、第十二回河合隼雄物語賞・学芸賞受賞、

まことにおめでとうございました。

 

11月3日に河合隼雄財団主催の

河合隼雄物語賞・学芸賞記念シンポジウムを予定しています。

詳細は後日こちらのHPでお知らせします。お楽しみに。